人口減少や高齢化により、地方は「地域づくりの担い手不足」という課題に直面しています。その解決策として期待されているのが「関係人口」なのだとか。
でも、どうして「関係人口」が地方で注目されているのでしょうか?
そのヒントを得るため、2019年12月16日(月)に大手町スペースパートナーにて行われたイベント「関係人口と関係社員 ー地域と企業と個人を豊かにする新しい関係づくり―」に参加してきました!
出典元:https://kankei.peatix.com/
今回のイベントは、2019年10月29日に静岡新聞社より刊行された『地域とゆるくつながろうーサードプレイスと関係人口の時代ー』の出版記念イベントとして開催されました。
このイベントの軸となるキーワード「関係人口」とは、「移住」でも「観光」でもない形で、地域や地域の人々と多様に関わる人々のことを指します。
「地域で働く」といえば、今まではその地域にいる人を中心とした働き方が大半を占めていました。しかしフリーランスやパラレルキャリア(複業)などさまざまな働き方が広まりつつある今、地域における人材交流のあり方として、「関係人口」に期待が集まっています。
「関係人口」は地域をゆるーく変える!?
まず登壇したのは、法政大学大学院 政策創造研究科教授の石山恒貴さん。
石山さんは、パラレルキャリアや越境的学習(企業に所属しながら、自発的に職場以外に学びの場を求める人)の研究をしているうちに、プロボノ(ビジネススキルを活かして活動するボランティア活動)の人たちが地域に広がっていることに気づきます。それが「サードプレイスと関係人口」の研究につながりました。
石山さんは”地域”そのものを分類。
①現在、移住している地域
②ふるさととしての地域
③現在居住もしていないし、ふるさとでもないが、何らか関わりがある、または自分がファンになっている地域
「自分が住んでいる地域やふるさとだけではなく、自分がファンになった地域でもいいのではないか?」と考えた石山さんは、これらの地域が「関係人口」となる地域と考えました。
この新しい”地域”こそが、地域と関わる多様な選択肢の一つとして期待されているというわけです。
今まで、地域と人との関係を表す指標は「定住人口」(移住者)か「交流人口」(観光などその地域に訪れる人)しかありませんでした。しかしこれだけでは地域との関わり方が限定されてしまいます。
一方、地域や地域の人々との接点を多様にもつ人々を指す「関係人口」であれば、「長期的な『定住人口』とも短期的な『交流人口』とも異なり、地域のファンとしてゆるくつながれる」と石山さんは指摘します。
ただ、地域にはまだ「関係人口」の考え方が根付いているとは言い難いのが現状。たとえば地域の人にヒアリングをとってみると「”関係人口”だというけれど、突然1年に一度のお祭りにやってきて『手伝う』と言われても逆に迷惑だ」と言われてしまうこともあるようです。
とはいえ、「複数の地域のファンになり、複数の地域に貢献する」考え方が広まれば、「地域に貢献する」ハードルが低くなるのを感じられることでしょう。
「世界最速の流しそうめん」が生んだ関係人口
続いて、石山さんの研究室に所属する北川
佳寿美さん、片岡亜紀子さん、谷口ちささん、山田仁子さんによる「関係創生」の事例紹介が行われました。そのうち2つの事例をご紹介しましょう。
まず、北川さんが語った「リトルムナカタと地域のつながり方」の事例です。
リトルムナカタとは、福岡県宗像エリアを愛する若手を中心とした東京在住者の集まりなのだそう。
福岡県宗像市は、2017年に世界遺産登録された、「神宿る島」と呼ばれ、たった1人の神職しか入島できない「沖ノ島」で有名な地域です。
宗像出身の2人が「東京で宗像出身者が集まって地元を盛り上げるイベントをやりたい」と考え、発足したのがリトルムナカタでした。
リトルムナカタは友人を中心に広がっていきましたが、宗像で仕事をしている参加者の一人が宗像市役所の職員に相談したことで、協力的な行政とのつながりもできたそう。2017年2月22日、東京・渋谷にあるパーティースペースの「グリーンラウンジ」で行われた第1回「リトルムナカタ」にはなんと87名もの参加者が集ったのだとか(しかもグリーンラウンジのオーナーも宗像市出身だったのだそうです)。
「地域とのつながり=地域に根づくこと」ではなく、「地域に関わりがある」という共通点だけで参加者を広げ、地域とつながることは可能なのですね!
もう一つご紹介するのは谷口さんが発表した土佐山地域の事例。
かつては人口減少のために「2043年に地域人口が0になる」と言われていた土佐山地域(高知県高知市・旧土佐山村)。しかし現在、NPO法人土佐山アカデミー(以下、土佐山アカデミー)の事務局長・吉冨さんが開催する一風変わったイベントにより、土佐山にはさまざまな人々が遊びに来るようになりました。
土佐山アカデミーは、全く異なる分野の人を巻き込んだうえで、イベントに地域の資源を活用。
たとえば、土佐山地域の急傾斜を利用した「流しそうめん」イベントでは、ただ急傾斜で流しそうめんをするのではなく、「世界最速の流しそうめん」を目指して、航空会社のエンジニアに協力を依頼。流体力学を用いた流しそうめんは、地域イベントとなるだけでなく、物理も学べるイベントへと発展しました。
また、吉冨さんは「発信」にも積極的です。地域の声を取り入れたイベントをSNSなどで地域外に発信すれば、多くの人々の注目を集めます。その発信の結果が地域の人々の活力になり、土佐山アカデミーと地域の人々の信頼を深め、新たなアイデアの原動力になるのです。
「その地域に興味を持ち、足を運ぶだけでも、地域とつながることはできる」と話す谷口さん。「移住」や「観光」以外の方法でも、その地域に活力を与えられるのですね!
「関係人口」はまだまだ新しい関わり方ではありますが、まずそこに足を運ぶことから始めれば、自分が考えているよりも簡単に地域とつながることができそうです!
雇用ではない柔軟な働き方「関係社員」
次に登壇したのは、エッセンス株式会社のマネージャーである島崎由真さん。
同社で発信している「関係社員」の考え方について事例を交えて紹介しました。
「関係社員」は「専業」でも「兼業」でもない形で、企業や個人と多様に関わる人材のことを指します。たとえば「出向」や「プロボノ(職業上持っている知識やスキルを無償提供して社会貢献するボランティア活動)」、「他社留学」などが挙げられます。
これからはプロジェクト型の仕事が増えていくなかで、自社の「雇用社員」に加えてプロジェクト毎に「関係社員」を外部からアサインし、柔軟な組織づくりを進めていくことが会社に求められそうです。
「地域に関わりたい」という好奇心が、「一歩踏み出す」ための起爆剤に
最後に、登壇者に加え、地域企業に特化した副業・複業を紹介するJOINS株式会社 代表取締役の猪尾愛隆さん、フリーランス協会の代表理事・平田麻莉が参加し、パネルディスカッションが行われました。
関係人口・関係社員への期待と実態
まず、関係人口・関係社員に対して猪尾さんは「(関係人口・関係社員に対する受け入れ側である)地方からの潜在的な期待がものすごく高い」と実感していると言います。しかし「地方企業が抱く期待と人材がいきなり100%マッチすることはほぼない」と続けました。
そのため猪尾さんは、地域企業と個人をつなげるために「個人のスキルと地方企業が期待している業務のすり合わせ」と「マインドの部分のすり合わせ」を意識しているのだそう。「スキルがマッチしていても、地方企業の期待値がものすごく高いと人材側が構えてしまう。逆も然りです。そのため、マインドの部分のすり合わせをとても重要視しています」(猪尾さん)。
猪尾さんは「地域企業に必要な人材はまずPlanではなくDoを愚直にできる人材」と言います。
さらに、人材を探すとき、業務内容や人材に求めるスキルを提示するのが一般的ですが、それにより地域企業と人材との間に「心の壁」が無意識にできてしまうことも。よって、マインド部分の工夫としては「人材と地域企業との関係性を築きやすくするために、地域企業側には『1ヶ月間で終わるような小さな仕事』を用意してもらうよう心がけています」(猪尾さん)。
企業が用意した小さなDoの仕事を人材が実行することで、企業が人材の仕事の成果・変化に気付きやすくなり、人材も地域企業の中に居場所を見出すことができます。このようにして関係性を構築することで、ミスマッチを防いでいるとのこと。
個人と地域であっても、個人と企業であっても、過度に期待を高めすぎず、まずは「ゆるい」つながりから始めることが大切なのですね。
平田は「来年から、自治体の期待に答えられるような、関係人口・関係社員とつながる取り組みを(フリーランス協会では)始めていきたい」と意気込みます。実際、フリーランス協会のセミナーやワーケーションに参加した自治体が、「こんなにもいろんな領域のプロを自分の会社で活用できるのか!」と人材の可能性に驚いたり、フリーランス側においても、東京にいると当たり前だったスキルが、地域では喜ばれるということがあったりするようです。地域と関わることで、自分の能力の再発見につながることがあるのですね。
「関係人口」も「関係社員」もまだまだ馴染みの薄いキーワードだからこそ、フリーランスやパラレルキャリアなどの新しい働き方と共に、考え方が広まっていくのではないかと期待が高まりました。
ゆるくつながるための共通点は「小さなことから始めてみる」
では、地域とゆるくつながるためにはどうしたらいいのでしょうか。北川さんは「つながる方法は大きく3つあると考えています。1つ目は『きっかけはゆるく』。2つ目は『関わりがなかった人に関心をもつ』。3つ目は『自分ごととして考える』。これらが大事だと考えています」と説明します。
さらに「直感で『楽しそう』と思ったことからまずやってみる」(谷口さん)や、「SNSの「いいね」をきっかけに、関わる勇気をもらえた人もいました」(片岡さん)など、具体的なアドバイスも紹介されました。
一億総関係人口社会に向けて必要なこと
さらに議論は深まり、最後のテーマは「一億総関係人口社会に向けて必要なこと」。
共通して登場したのは「地域に関わりたい」「役に立ちたい」などの思いでした。
「自分が役に立てるところに、自分の居場所をたくさん持てたら楽しいのではないかと思っているので、『役に立ちたい』という思いが一億総関係人口社会で生きていくには大事なのではないでしょうか」(北川さん)や「身近な地域、たとえば住んでいる地域に貢献したいと思う純粋な気持ちが、今後の多様性に富んだ社会を作っていくのではないかなと思いました」(平田)などの意見に、登壇者の皆さんが力強くうなづいていたのが印象的でした。
また「好奇心を持ち続けることが大切だと思います。『やってみようかな』という思いが、始めの一歩につながると思います」(山田さん)や「『なんとなく話してみたいな』と思ったら、ちょっと動いてみることが大切だと思います」(片岡さん)の意見にもあるように、地域との関係を大げさに捉えすぎず、「やってみたい」気持ちを行動に移すだけで、一歩踏み出すことはできそうです。
一方、石山さんは、「小さな一歩で会社の制度を最大に利用するのも大事」と指摘。石山さんはユニリーバ・ジャパンの新人事制度「WAA」※と多拠点ワークを取り入れている会社の事例を挙げ、「大企業」で固いと思われがちな人事制度も、やろうと思えば、関係人口につながる使い方を誰でもできることだと呼びかけます。
※「Work from Anywhere and Anytime」の略。働く場所・時間を社員が自由に選べる制度のこと。
ここで言われている「個人と企業の関係」を、「個人と地域の関係」に置き換えても違和感はありません。「行動すること」が大切ですが、そのきっかけとして必要なのは「地域と関わりたい」という純粋な心。とてもシンプルな思いが、地域とのつながりを築く最も重要なものだと分かりました。
まとめ
「関係人口と関係社員」について考える、濃密な2時間となりました。
登壇者によるプレゼンテーションやパネルディスカッションを通じて、「行動を起こす」ことの大切さや、ゆるいきっかけからネットワークが広がっていくことを知りました。『地域とゆるくつながろうーサードプレイスと関係人口の時代ー』の終わりにもありますが、個人の「小さなやりたいこと」と「地域を好きになる」思いがあれば、誰でも地域とつながるきっかけを持つことができます。
自分がファンになった地域に「何かしたい」と思い、その思いを行動に移すだけで地域の仲間になることはできるのですね。
地域づくりに興味がある人は、小さなきっかけと「やってみようかな」と思う気持ちを大切にして、行動を起こしてみてください!
登壇者プロフィール
石山恒貴氏 プロフィール
一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院経営情報学研究科経営情報学専攻修士課程修了、法政大学大学院政策創造研究科政策創造専攻博士後期課程修了、博士(政策学)。
一橋大学卒業後、NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て、現職。越境的学習、キャリア開発、人的資源管理等が研究領域。人材育成学会理事、NPOキャリア権推進ネットワーク授業開発委員長、一般社団法人ソーシャリスト21st理事。
主な著書:『越境的学習のメカニズム』福村出版、2018年、『パラレルキャリアを始めよう!』ダイヤモンド社、2015年
北川 佳寿美氏 プロフィール
大学卒業後、アパレル、百貨店を経て、2002年、精神保健福祉士(精神科ソーシャルワーカー国家資格)を取得。一貫して「働く人のこころの健康と働き方支援」に関わる。EAP(従業員支援プログラム)、医療機関(精神科)にて、メンタルヘルスケア、キャリア開発支援に従事。会社員勤務の傍ら、法政大学大学院経営学研究科キャリアデザイン学専攻にて、メンタルヘルス不調者のキャリア再構築をテーマに研究。2015年、メンタルヘルスケアとキャリア開発支援のコンサルタント・カウンセラーとして独立。キャリア開発に関する調査・研究、企業のキャリア開発プロジェクトへの参加、EAP会社でのカウンセラー教育、医療機関でのCISM支援(緊急事態ストレスマネジメント)を中心に活動中。
片岡亜紀子氏 プロフィール
法政大学大学院政策創造研究科博士課程在籍。修士(政策学)。
NEC退職後、情報教育に携わりながら産業能率大学卒業、法政大学 大学院政策創造研究科 修士課程修了。研究テーマは女性の離職期間、地域のサードプレイス。国家資格キャリアコンサルタント。
谷口ちさ氏 プロフィール
1978年高知市生まれ。大学卒業後は企業人事として社員の教育・採用に携わる。会社員時代に法政大学大学院政策創造研究科修士課程修了(政策学)。同博士後期課程在籍中。現在はフリーランスとして”自分の軸をつくる”ための活動に従事。高知市の小学校や東京都の私立大学におけるキャリア教育では、自律の一歩として「自分の気持ちに気づく、相手に伝える」ことを中心に授業を展開。また、キャリアコンサルタント仲間と立ち上げた任意団体(IRODORI career)の活動が世田谷区と千代田区の男女共同参画事業に採択され、育児と仕事の両立に悩むパパ・ママに「自分たちらしい家族のかたち」を模索するワークショップも開催している。
山田仁子氏 プロフィール
学校法人岩崎学園情報科学専門学校教員。
法政大学大学院政策創 造研究科研究生。修士(政策学)。株式会社ザ・ギンザで店長・教育担当を経て、現職。研究テーマは、ヒューマンスキル、若年者の職業意識、キャリア形成。 神奈川県立小田原東高等学校・学校運営協議会委員。日本ショッピングセンター協会主催第3回SC接客ロールプレイングコンテスト 全国大会準優勝。
島崎由真氏 プロフィール
1987年広島市生まれ。新卒で(株)ザメディアジョン・エデュケーショナルに入社。日本ベンチャー大學の事務局運営やFC展開、クラウドファンディングサイトや実店舗兼教室の立ち上げを経験。2015年にエッセンス(株)に入社。企業の経営課題に対して、専門スキルを持ったフリーランス人材をマッチングするエージェントとして活動。新規事業として、大企業内の人材をベンチャー企業や地方企業でシェアリングする事業の立ち上げも推進中。2017年にHR企業や企業人事を束ねる有志団体「One HR」を立ち上げ、共同代表に就任。
猪尾愛隆氏 プロフィール
1977年東京生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程を修了後、株式会社博報堂の営業(3年)を経て、ミュージックセキュリティーズ株式会社のクラウドファンディング事業の立ち上げ・運営の役員(12年)に従事。約2,000社の地方中小企業経営者との面談を通じた「地域に最初に必要なのは、お金より人」という実感から、「地方×副業」に特化した大都市と地方の人材シェアリングサービスを運営するJOINS株式会社を2017年6月に創業。2年間の事業モデルの仮説検証を繰り返したのちに、1社で9人の副業人材が活用されるなどの成果も出て、2019年夏より本格事業展開を開始。地域金融機関や大手企業人事部などとの連携を行いながら全国展開中。自社のバリューとして、「ファーストユーザー」を掲げ、自分自身も自社サービスを活用し、2018年3月より長野県白馬のリゾート運営企業での副業を実践し、現地に住居や車などもシェアで利用し、東京都の二拠点生活により暮らしの質が飛躍的に高まったことを実感している。また、JOINSスタッフ自身も全員副業&フルリモートワークでの運営を行っている。