2024年2月14日付け「個人事業者等の健康管理に関するガイドライン(案)」に対する意見公募手続に対し、フリーランス協会は下記の意見を表明いたします。
当協会は、本ガイドラインが、個人事業主等のフリーランスの多様性や取引実態に十分配慮した上で、個人事業主等のフリーランスの心身の健康の保持増進に寄与するものとなることを願っております。
個人事業者等の健康管理に関するガイドライン(案)に対する意見
・このたび、個人事業者等のフリーランスが健康に働くことを目的としたガイドラインが策定されることは大変有難く、大いに賛同いたします。特に、「(1)基本的な考え方」については、全面的に賛成するものであり、フリーランス、注文者、関係団体、政府それぞれにおいて、個人事業主等の心身の健康の保持増進や健康管理に努めることが重要だと考えます。
・ただし、今回提示されたガイドライン(案)では、フリーランスへの深刻な不利益が生じかねないと懸念される点があり、再検討を求めます。具体的には、発注者が取り組むべき「(3)注文者等による措置」の「健康診断の受診の促進」の具体策として記された、「請負契約に一般健診費用を安全衛生経費として盛り込むことが望ましい」という点です。
個人事業者等が専ら一者から注文を受けた仕事のみを行っているような場合であって、①契約期間が1年を超える場合、又は②1年を超えない契約期間の請負契約を繰り返し締結している場合には、請負契約に一般健診費用を安全衛生経費として盛り込むことが望ましいこと(40 歳以上の個人事業者等については、高齢者の医療の確保に関する法律(昭和 57年法律第 80 号)に基づき特定健診の実施が義務づけられているため、請負契約に一般健診費用を盛り込む必要はないものとする。)。
個人事業者等の健康管理に関するガイドライン(案)より
ここでは、危険有害作業に係る人や労働者に近い働き方をする人に限らず、すべてのフリーランスが職種を問わず対象とされてしまっています。
現場の実態からすると、契約期間が1年を超える基本契約を締結しながら、不定期に単発の発注を受けて働いているフリーランスが、ライター、編集者、翻訳・通訳者、フォトグラファー、デザイナー、イラストレーター、TVディレクター、研修講師、通訳案内士、演奏家、インストラクターなど、様々な業界でみられます。こうした業界では、発注者(事務所等の仲介事業者を含む)が必要な時に迅速に人材をアサインできるように常時多数のフリーランスと基本契約を結んでおき、その時々の案件のテーマや特性、スケジュールに合わせて適任者に個別発注する形式がとられているのです。共働き家庭や副業会社員など、自身のフリーランス収入だけで家計を担っているわけではない場合は、そのような不定期・単発の働き方であっても、取引先が専ら一者に限られることは十分あり得ます。
そうした実態があるにも関わらず、取引先が1社で契約期間が1年を超えるという理由だけで、全面的に発注者への健診費用負担を求めてしまうと、健診費用負担を削減するための契約解除や発注控えが生じる恐れがあります。これまでは複数のフリーランスが業務をシェアしながら各々のペースで発注機会を得ることができていたのに、ガイドラインを遵守しようとする発注者が健診費用負担削減のため契約締結するフリーランスの人数を絞ることになれば、契約解除されたフリーランスが困るだけでなく、契約継続した少数のフリーランスに案件が集中して過重労働を引き起こすことも考えられます。
本ガイドライン策定の背景となった「個人事業者等に対する安全衛生対策のあり方に関する検討会」の議事録・資料を参照すると、本項目は第9回において突如として発言されたもので、他委員からの特段の賛成意見はなく、第2回から第6回にかけて行われた関係団体のヒアリングにおいても発注者に健診費用を負担してほしいという意見は見当たりません。むしろ逆に、本取組みが安全衛生対策にもたらす実効性の乏しさや、健診費用を支払うこと自体が労働者性を補強する要素となり得るためのフリーランスへの発注控えリスクなどから、明確に反対の立場を表明している委員は複数名いたことが示されています。
もちろん、多様なフリーランスの中には「発注者が定期健診費用を負担してくれるなら有難い」という人もいると思いますが、他方で「それが足枷となって受注しづらくなるのは困る」というフリーランスもいることは想像に難くありません。また、事業者としての自律性や柔軟性を重視して、取引先との対等なパートナーシップを志向するフリーランスも少なくなく、発注者に健診費用を負担してもらうというパターナリスティックな関係性が取引に悪影響を与える恐れもあります。
そうしたことを踏まえ、あらゆる職種・契約形態のフリーランスが対象となる本ガイドラインにおいては、第9回に事務局より示されていた当初案のように、あくまで発注者に求めることとしては、フリーランスに対して健康診断に関する情報提供や受診機会提供の配慮レベルに留めることをご検討ください。
・また、深刻な不利益が生じるとまでは言わないものの、フリーランスが取り組むべき「(2)個人事業者等自身による健康管理」の「長時間の就業による健康障害の防止」の具体策として示された「労働者と同水準の就業時間規制」は、フリーランスの創造性や自主性を妨げる恐れがあるのみならず、駆け出しで低単価の案件を多くこなしている場合等に生活に必要な収入確保を困難にする可能性もあります。
・自身の就業時間を把握し、睡眠・休養の確保も含めた体調管理を行うこと。
個人事業者等の健康管理に関するガイドライン(案)より
・就業時間が長時間になりすぎないようにすること。なお、健康への影響を未然に防止する観点から、同様の業態で働く労働者に適用される労働時間の基準と同水準の就業時間とすることが望ましい。
・就業時間や疲労蓄積度をチェック・記録できるツール(アプリ)等の活用により、長時間就業による疲労の蓄積があると感じる場合には、医師による面接指導を受けること。
フリーランスが自ら睡眠・休養の確保も含めた体調管理を行ったり、就業時間が長時間になりすぎないよう努めたりするよう促すことには異論はありませんが、自律した事業者であるフリーランスに対し、「健康への影響を未然に防止する観点から、同様の業態で働く労働者に適用される労働時間の基準と同水準の就業時間とすることが望ましい」とまで言及することは、労働者と事業者の違いの曖昧さを助長する観点からも違和感を禁じ得ません。
なお、フリーランス白書2019の調査によると、「フリーランスや副業をするといった新しい働き方を日本で選択しやすくするためには、何が必要だと思いますか?」という問い(複数回答)に対して、「労働時間規制」と回答した人は15.1%で、選択肢の中で最少でした。
・最後に、本ガイドラインの「作成の趣旨」では、建設アスベスト訴訟の最高裁判決で、労働安全衛生法第 22 条の規定について「労働者と同じ場所で働く労働者以外の者も保護する」趣旨と判示されたことが起点となったとの記述があります。
「個人事業者等に対する安全衛生対策のあり方に関する検討会 報告書」の「3 個人事業者等に対する安全衛生対策のあり方に関する検討結果」においても、
労働者と同じ場所で就業する者や、労働者とは異なる場所で就業する場合であっても、労働者が行うのと類似の作業を行う者については、労働者であるか否かにかかわらず、労働者と同じ安全衛生水準を享受すべきであるという基本な考え方のもと(中略)、労働者と同じ場所で就業し、又は類似の作業を行う個人事業者等の安全衛生の確保について、個人事業者等自身はもとより、就業場所を管理する者や仕事の注文者など、個人事業者等を取り巻く関係者が講ずべき措置を整理した
個人事業者等に対する安全衛生対策のあり方に関する検討会 報告書より
という記述があり、ガイドライン検討の場においてイメージされていた主な対象者像は「労働者と同じ現場で、労働者に近い働き方をしているフリーランス」であったように見受けられます。
その一部には労働者性が疑われるケースも想定されていると拝察しておりますが、「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」では、雇用契約ではなく業務委託契約を締結していても、労働者認定されれば労働関連法の保護対象となる旨、整理をいただきました。当協会でも、労働者性の判断基準を平易な言葉で事例も交えて解説した「偽装フリーランス防止のための手引き」を公開し、フリーランスとの適切な付き合い方の周知啓発に努めております。
本来労働者として保護されるべきフリーランスについては、しっかりと労動者性を認め、労働関連法適用の下で安全衛生対策が取られていくことが何より大切です。専ら一者に対して人的・継続的従属性が高く労働者性が認められるフリーランスであれば、健診費用の発注者負担も、就業時間規制も何ら違和感はありません。
今年は労働基準関係法制研究会において「労動者」等の基本的概念について経済社会の変化に応じて在り方を考えていくとされている最中であり、現時点で拙速に、あらゆる事業者を区別なく、労働者と同様の扱いとするようなガイドラインを策定し、労働者性の判断基準や事業者と労働者の線引きに混乱を生じさせることは、制作者の本意ではないと考えます。そうした混乱を避ける観点からも、今一度ご確認をお願い申し上げます。