【協会理事インタビュー/守屋 実】フリーランスという選択肢が「第一想起」されるように

一般社団法人プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会には、
代表理事の平田をはじめ7名の理事がいます。
どんなメンバーがどんな想いで理事を務めているのか、
これからブログで少しずつご紹介していければと思います。
今回は理事の中でも最年長であり、新規事業開発の専門家として活躍する
守屋 実のインタビューをお届けします。

Q1プロフィールと現在の主な活動内容を教えてください。

1969年生まれ。明治学院大学卒です。
1992年に株式会社ミスミ(現ミスミグループ本社)に入社し、新市場開発室で、
新規事業の開発に従事してきました。
メディカル、フード、オフィスの3分野への参入を提案後、
自らは、メディカル事業の立上げに従事しました。
2002年に新規事業の専門会社である株式会社エムアウトを、
ミスミ創業オーナーの田口氏とともに創業、
複数の事業の立上げおよび売却を実施しました。
その後、2010年に守屋実事務所を設立。
設立前および設立間もないベンチャーを主な対象に、
新規事業創出の専門家として活動しています。

自ら、投資を実行、役員に就任、事業責任を負うスタイルを基本とし、
ラクスル株式会社、ケアプロ株式会社の立上げに参画、副社長を務めた後、
メディバンクス株式会社、株式会社ジーンクエスト(ユーグレナグループ)、
株式会社サウンドファン、株式会社みんなの健康、ブティックス株式会社、
株式会社SEEDATA(博報堂グループ)、AuB株式会社、株式会社TOKYOJP、
株式会社みらい創造機構、株式会社ミーミル(UZABASEグループ)、
株式会社トラス、などの各社取締役、顧問を兼任、 
株式会社リクルートホールディングスなどの各社アドバイザーも担ってきました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/守屋Q2協会を立ち上げたこと、理事になったことへの
想い・理由を教えてください。

協会理事である平田さん、田中さん、潮田さんの3人による協会立上げの後に
声を掛けていただき、理事として参画しました。
私は初めての起業が19歳のときなんです。
その後、約30年の間に、専従、副業、複業を経験し、結果として「333」という
考えを掲げるに至りました。この意味するところは、
「これまでの時代は、30年かけて一社を勤め上げた。今は一生の間に、
3回転職する。そしてこれからの時代は、一度に同時に、3社に貢献する。」
ということからの、「333」。
そうした自分なりの経験や考えがあったことから、協会の趣旨に大いに共感し、
参画した次第です。

Q3協会内でのご自身の役割・活動内容は?

協会内では主に事業計画立案や財務面を担当しています。
「働き方」を考えるにあたっては、より、自分自身に近い立場や環境にある人の
経験や考えが、大いに参考となる場合があります。
だとしたら、いくぶんなりとも長めに経験してきた
フリーランスとしての自身のこれまでを活かし、
少しでも多くの人に、フリーランスの良さと厳しさを、
伝えていきたいと思います。

Q4フリーランス協会を通じて実現していきたいことは?

フリーランスという選択肢が、法人にとっても個人にとっても、
第一に想起されることのある選択肢となるよう頑張っていきたいですね。

Q5フリーランスへメッセージをお願いします。

フリーランスという選択肢が第一想起されるためには、
「世の中が変わる」ということと同時に、「変わるようにフリーランス
一人一人も、能動的に働きかけていく必要がある」と思っています。
もし、フリーランスという働き方が、
自らの働き方として合っていると思ったならば、ぜひ、
自らのために、そして、これからフリーランスを目指す方々のために、
フリーランスという働き方をめいっぱい、楽しんでいただきたいです。
そうすることで、フリーランスという働き方の素晴らしさが、世に示され、
より良いフリーランス社会への一歩になると考えています。

 

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう