映画『家族を想うとき』に見る、家族と私を幸せにするサステナブルな働き方(海外ドラマ・映画コラムニスト 伊藤ハルカさん)

家族を想うとき

日雇い労働や短期契約で働く非正規社員の「ギグエコノミー」や、雇用主の呼びかけに応じて従業員が勤務する労働契約の「ゼロ時間労働」が叫ばれて久しい昨今、その実情を生々しく伝える映画が、本日(12/13)公開されます。

一度は引退を表明した名匠ケン・ローチ監督が、再びメガフォンをとった映画『家族を想うとき』です。

『家族を想うとき』メインビジュアル
© Sixteen SWMY Limited, Why Not Productions, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2019

 

皆さんにも、自営業にフリーランスなど、会社員という形を取らない方が多いと思います。だからこそ、フランチャイズの宅配ドライバーとして本部に搾取され続ける主人公のリッキーの姿が痛々しく映るかもしれません。

実際に、フリーランス協会代表の平田さんは、「最初から最後までずっと辛かった」と記事に綴っています。一方で、私には、この映画はそこまで”救いのないもの”に映りませんでした。

互いを深く愛し合う気高い家族の姿に温かな感情を覚えたと同時に、家族のために必死に働く父リッキーと、父と一緒にいることが一番の幸せな家族の行き違いが、フリーランスワーカーで2人の子持ちである私にとって、何のために働くのか、自分の仕事は家族を幸せに出来ているのか、深く考えるきっかけを与えてくれたのです。

映画から導き出した、「家族と私を幸せにするサステナブルな働き方」を、映画の見どころとあわせて紹介します。

犠牲を払いながら働く人々のリアルな姿を伝えなければならないと思った

前作『わたしは、ダニエル・ブレイク』の撮影後、リサーチのために訪れたフード・バンクで見た光景が心に焼き付いて離れなかったというローチ監督。フード・バンクとは、包装の破損や賞味期限が間近など、品質に問題がないものの市場に流通できなくなった食品を、一般の人に配布する活動や場所のこと。日本をはじめ世界中にその拠点があります。

ローチ監督は、そこに訪れる多くの人々が、パートタイムやゼロ時間労働で働いている事実を目の当たりにします。雇用主から時間も労働力も搾取され、最低賃金しかもらえないギグエコノミーの労働者。彼らが色々なものを犠牲にしながら日々なんとか生きている現状を伝えなければならないと奮起し、映画の制作に至ったそうです。

ローチ監督の強い使命感から生まれたこの映画には、イギリスのニューカッスルに住む4人家族が登場します。フランチャイズの宅配ドライバーとして働く父リッキーとパートタイムで介護福祉士の仕事をする母アビー、多感な年頃の兄と心優しい小学生の妹です。

フランチャイズの宅配ドライバーとして働く父リッキー(photo: Joss Barratt, Sixteen Films 2019)
パートタイムで介護福祉士の仕事をする母アビー(photo: Joss Barratt, Sixteen Films 2019)

知人や本部から「働いた分だけ自分の収入になる」など、独立のよい部分だけを聞かされ、その世界に足を踏み入れたリッキー。しかし、その実情は理想とはまるで違うものでした。

自営業者とは名ばかりで、一日14時間週6日も勤務し、自営業ゆえに代理の人を見つけるまで簡単に休むことさえ許されない、荷物の破損や勤務中の事故があってもすべて自腹、受取主が荷物の追跡機能を活用するため、到着の遅延などあれば追い立てるように電話がかかってくる。

実際の配達業者の倉庫を見学して作業工程をすべて再現した様はあまりにもリアルで、じりじりと追い詰められていくリッキーの心情が苦しいほどに伝わります。

さらに本作は、世界中で巻き起こる労働者問題を描くだけではありません。その先にある家族への影響についても赤裸々に映し出します。お金はないけれど家族みんな仲がよく、幸せだった一家は、リッキーの独立を機に少しずつそのバランスが崩れていきます。

母アビーは疲弊し、子供たちは寂しさが募っていくー。家族の幸せを思ってはじめた仕事なのに、リッキーに課された過酷なノルマは、残された家族を幸せするどころか、脅かすものになっていくのです。

家族のための仕事のはずが、家族を引き裂くことに……。

冒頭の「何のために働くのか」に戻るのですが、この映画に登場する、父リッキーと母アビーは、他の誰でもない「家族のため」に仕事をしています。

子供の教育資金のため、毎日の生活のため、借金を返すため、マイホームを購入するために体を酷使して働くのですが、この映画をしばらく見ていると、子供たちが両親に望むことと、両親が子供のためを思ってすることにギャップがあることに気が付きます。

子供たちの望みは、「両親に健全な労働環境で働いてもらい、自宅で食事を共にすること」(photo: Joss Barratt, Sixteen Films 2019)

子供たちが望むことはただ一つ。「両親に健全な労働環境で働いてもらい、自宅で食事を共にすること」です。極論、大学にいかなくてもいいし、マイホームなんてなくてもいい。家族がそばにいて共に食事を囲み、笑い合えること以上のことは決して望んでいないのです。

そのことに気がついてもらおうと、子供たちなりに両親にSOSを送ります。でも「忙しい時にやっかいなことをして!」程度にしか思わない父リッキー。違うのに、そうじゃないのに、仕事なんていいから本当に大切なものに気がついてあげて!映画を見ながらついこう叫んでしまいそうでした。

私の子供たちはママが仕事をすることに満足してる?

私自身、幼い2人の娘を育てながら、フリーランスのライター兼PRコンサルタントとして活動するワーキングマザーで、自分のやりがいと成長のために働いています(収入のためはもちろんですが)。

これまで思う存分仕事をしてきたし、挑戦したいと思った時に、何かを理由にそれをやめたり、誰かに止められるなんてこと一度もなかったけれど、この映画に出会って、子どもたちが働く両親をどう感じているのか、とても客観的に眺めることができました。

「親が自分の好きな仕事を一生懸命やり抜く姿は子供によい影響を与えるはず」。これは私の独りよがりな考えで、子供たちはもっとそばにいてほしいと思っているのかもしれない。映画の中で映し出される子どもたちの切ない表情と小さな抵抗に、私の心はえぐられていきました。

子どもたちは朝早くから夜遅くまで保育園に預けられ、ようやく帰宅してもママは仕事をしてばかり。せっかくの土日にも仕事をするし、出張でしばらくいないこともある。

この状況を前に子供が本当に「幸せ」を感じられているのか、私は自分の働き方について、今一度、家族と対話をしなければならないと強く感じました。子供が想う幸せと親が想う幸せには実は乖離があるかもしれない。この映画を見て心底こう思ったからです。

そして、私は映画視聴後に家族で話し合う時間をもちました。

「ママの仕事のしかたについて、どう思う?」と投げかけたところ、夫からは「気持ちに余裕がなくなって家族にあたるのはやめてほしい、土日は家族で過ごしたいから仕事をしないでほしい」と。

4歳の娘からは、「保育園から帰ってきた後に仕事をするのをやめてほしい」とそれぞれ率直な意見をもらいました。

結果、自分を追い詰めたり、土日に持ち越さなくてはならないほどの仕事を受けることをやめました。「自分を守る」働き方を選択したのです。

”チャレンジ”と”防衛”って一見逆ですが、今後もチャレンジを続けるために、自己防衛こそサステナブルな働き方なのだと、映画を見た今は胸をはって言えます。

自分で決め、自分を守るサステナブルな働き方を

これは、私が映画を見てたどり着いた、家族との関係を守り、自分が幸せでいるための働き方ですが、私たち非会社員にも通ずることかもしれません。

すべての皆さんがそうではないと思いますが、働く時間もボリュームも期限も報酬も、私たちには自分で決める権利があります。

しかし、一歩間違うと父リッキーのように、すべてを発注元に握られ、コントロールされてしまう危険性があります。そうならないために、私たちはすべてを自分で決め、自分を守っていく選択を下していかなければならないと強く思います。

その人の置かれた状況によって、温かくも、切なくも、苦しくも映るこの映画。あなたは本作を見て何を感じますか。

映画『家族を想うとき』
12/13(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開

寄稿者:伊藤ハルカ(海外ドラマ・映画コメンテイター・コラムニスト)
7年前、大の海外ドラマ好きが高じてコラムニストに。自称”日本一海外ドラマを見る女”として、SVODを中心に一日に平均8時間、年間150タイトル以上の海外ドラマを視聴する。中でもバイブルは『フレンズ』と『SATC』。テレビやラジオなどでも活躍中で、エミー賞の現地取材の経験もある。All About日経×WOMANなどで執筆中。プライベートでは、2児の母。

 

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